「城を攻める 城を守る」を読んで

伊東潤の「城を攻める 城を守る」を読みました。

私は出来事や事件の結果よりも、その結果が生まれた背景を考察することが重要だと考えています。例えば、昨年の大河ドラマ「真田丸」で大阪城が注目を集めました。しかし、そもそも大阪城がなぜ現在の位置にあるのか?どんな変遷の果に、豊臣政権の本拠となったか?はドラマからはうかがい知ることはできません。

大阪城はもともと伊勢長島や加賀の一向一揆を指揮する本願寺派の拠点で、信長が十一年にわたる戦いの後に獲得した石山本願寺の上に立っています。海と河川をつなぐ近畿の拠点で、大きな収入源になる土地でした。

地勢的に有利な上に、大阪城周辺は川と湿地に囲まれた攻めにくい土地で、なおかつ石山本願寺は小さな山ですから、堅牢な城郭を作る条件が揃っています。さらに、秀吉が小田原攻めの際に、小田原城の堅固さを支えた「惣構」という構造に着目し、大阪城に取り入れたために非常な堅城になりました。

「真田丸」では、家康の策略によって丸裸にされた大阪城を懸命に守ろうとする真田幸村が描かれました。しかし、数倍の兵力がっても、力では攻め落とせない程の堅城だったとも言えます。徳川方の数々の策略により力をそがれながらも、10万の浪人を擁することができた豊臣の資金力は築城時から織り込み済みだったわけです。幸村の善戦は、秀吉の深慮遠謀と大阪城の堅牢性に支えられたと言えるでしょう。

この様に、私は出来事や事件の結果よりも、その結果が生まれた背景を考察することが重要だと考えています。

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